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2007.11.03

ひが美との思い出

ひが美は私の三度目の恋人で、一緒に暮らしていたのはもう15年ほど前のことになる。その頃の私はご他聞にもれず不如意な人生の時期を過ごしており、ついぞひが美にはつらくあたることが常であった(もちろんそれは私の甘えでしかなかった)。ひが美はそれに不平をもらすこともなく、私の向かう国や地方へと無言で付き添ってまわることを厭わなかった。こっそりと実家への金の無心もあった。それが当時の私の癪に障ったらしい、あるとき私はひが美には何も知らせず(眼科に行く、と簡単に言い残した)、一人根室などへと向った。時計と洗面具一式、そして『「いき」の構造』一冊だけをバッグには入れた。根室からは資本主義の曙らしきものが遠望でき、私はおおいに一人旅を満喫した。そこでの空想、虚妄などが、私の現在の礎となっている、などと述べるのはあまりにも傲慢であろうが、少なくとも当時の私には、ひが美よりも私の15年後の保身だけが興味の対象だったのである。哀れな私。

ひが美はそのとき、私への手紙を投函したらしい。宛先は根室。「なぜ私の行き先が分かったのか」と帰郷した私は彼女に尋ねた。あなたの思いのままに、と彼女はひとりごちた。それが私の耳にした、最後のひが美の言葉であったように思う。それからも何度か、偶発的にひが美と出くわす機会はあったのだが、私は極力他人のふりをするよう心がけた。卑劣な男である私は、しかし、そのことについて後悔を感じることはさほどない(ひが美も私に話しかけることはなかった)。

ひが美と別れてからの私の人生は順調だったとは言えないが、彼女と恋仲であった時代に比べてもさほど変わりはないように思う。ひが美と共に暮らした人生の一時期が、誰にとってもそうあるべきものだったとは思わない。だが、私にはそのような過去があった。今は違う。それが全てだ。彼女はその後、とある(一部で)著名な地質学者と結婚したと聞いた。私との面識はない学者だが、おそらくは二人が幸せに暮らしているだろうことを祈りたい。

私はあれから、根室に行ったことは一度もない。

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